ハリガネロックは、よしもとクリエイティブ・エージェンシーに所属していた日本の元漫才コンビ。2014年解散。解散後はそれぞれ同事務所所属のピン芸人として活動中。 爆笑オンエアバトル第4代チャンピオン。 ユウキロック(本名:松口 祐樹(まつぐち ゆうき)、1972年4月16日 - )ボケ担当 大阪府池田市出身。大阪府立渋谷高等学校卒。B型。2001年までは本名で活動していた。 2010のM-1グランプリでは敗者復活戦の講評をtwitter上で行い、黒瀬純(パンクブーブー)ら出場していた芸人らからは止めてほしいといわれていた[1]。 ケンドーコバヤシとは元々「松口VS小林」としてコンビを組んでいた。 熱狂的な節約家で人生が変わる1分間の深イイ話でも取り上げられるほどである。 家電に詳しく「アメトーーク」の「家電芸人」の回に出演した際も、「ポイントのマジックに騙されてはいけない」と自説を展開した。 元相方のケンドーコバヤシ同様にプロレスや総合格闘技も詳しく、松口VS小林にはプロレスネタを取り入れていた。 大上 邦博(おおうえ くにひろ、1973年8月7日 - )ツッコミ担当 奈良県葛城市出身。奈良県立志貴高等学校(現:奈良県立奈良情報商業高等学校)卒業。AB型。 かつては高校の同級生である堂土貴(現ルート33)と「あっぱれ団」というコンビを組んでいた。 子育てブログがほのぼのとしており、芸人の中でも小杉竜一(ブラックマヨネーズ)、ライセンスらが癒されている。最近は読み聞かせなど、パパ芸人の顔が前面に出てきている。 またキン肉マン、仮面ライダー[2]、戦隊もの好きで、仮面ライダー好き芸人仲間とトークライブを行った。 共にNSC大阪校11期生。元「松口VS小林」の松口と元「あっぱれ団」の大上が1995年4月にコンビを結成。コンビ名の由来は、大上がハリガネのように痩せていて、ユウキがロック好きなことから。[3] コンビ結成後ほどなくオーディションイベントである「ワチャチャライブJr.」へ出演。 当時は、そのオーディションを5週勝ち抜くと心斎橋筋2丁目劇場のレギュラーになれるというルールだったが、ハリガネロックは1週勝ち抜いたところで当時の支配人に「あとは出なくていい」と言われ、即レギュラーに抜擢された。 心斎橋筋2丁目劇場閉館後、baseよしもとタレントプロデュース組を経て、2002年4月に同劇場を卒業。その後東京本部へと移籍し、活動拠点を東京に移す。現在はルミネtheよしもとを拠点として活動している。 漫才を中心に活動を行っており、悪役ぶるユウキのボケと柔和な大上のツッコミが特徴(一時はユウキがツッコミを、大上がボケを担当していた)。漫才では主に「ぼやき漫才」が多く、ネタ作りは二人で行っているが、ボケを細かく作っているのはユウキ[4]。また、ネタの最後には大上は普通に礼をするが,ユウキは「THANK YOU!!」と叫んで終わる。また、2001年の第1回M-1グランプリではこの締めの一言を言った瞬間この日一番の歓声が上がり、一般審査員から最高評価の「242点」を獲得、最終決戦進出を果たした。その際、司会の赤坂泰彦に「アメリカンロック」と間違えられ、爆笑が巻き起こった[5]。結果は1対6で同期の中川家に敗れ、準優勝。表彰式後、審査員の松本人志はクリスマスプレゼントにお菓子入りの小型ブーツを用意[6]。メンバーは満面の笑みでプレゼントを受け取った。翌年度も優勝候補の一組として決勝進出するが、不利な1番手だったことも影響したのか、後に第10回大会で優勝した笑い飯に逆転され、結果は5位。これが結果的に最後の挑戦となった。 ユウキの目が離れていることから、漫才の冒頭で「眼ぇ離れてましたー」と言うのが定番になっているが、これは関西ローカルの番組「?マジっすか!」で生まれた。 2003年には渋谷公会堂で史上初の漫才ライブを開催している。この時、お笑いのライブとしては珍しく、花火や紙テープバズーカなどの特殊効果が使われていた[7]。 2014年2月25日、同年3月22日に解散することを発表した[8]。M-1グランプリの決勝進出経験及び爆笑オンエアバトルのチャンピオン経験があるコンビが解散を正式に発表するのは史上初の出来事である。
コロンビア air jordan 5 jordan brand puma ザノースフェイス ミネトンカ colehaan クリスチャンルブタン オニツカタイガー vanz jade-net-home patric ウルヴァリン ブーツ timber land tom s