中居 正広(なかい まさひろ、1972年8月18日 - )は、日本の歌手、俳優、タレント、司会者であり、男性アイドルグループ・SMAPのリーダーである。 神奈川県藤沢市出身[2]。ジャニーズ事務所所属。 1991年9月9日、SMAPのメンバーとして「Can't Stop!! -LOVING-」でCDデビュー。 1995年、テレビ朝日『サンデージャングル』で初のスポーツキャスターに挑戦。 1997年、NHK『第48回NHK紅白歌合戦』(SMAPは1991年以降、2001年・2004年を除いて紅白に毎回出場している)では、25歳で番組最年少白組司会に抜擢され、その後も計6回組司会を担当。 1998年 - 2000年まで3年連続でフジテレビ『FNSの日』の総合司会を務め、その後も2004年・2006年・2011年・2014年に担当。 2000年3月31日 東京ドームで行われた巨人の開幕戦(対戦相手は広島)で、試合開始前の開幕セレモニーで国歌斉唱を務めた。 2004年、TBSのオリンピックキャスターを務め、2006年以降のオリンピック時でも同局のキャスターを務めている。 2007年、北京五輪アジア最終予選で監督・星野仙一の「公認サポートキャプテン」を務める。 2009年、第2回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)においてテレビ朝日の日本代表サポートキャプテンに起用される。 2009年、マイケル・ジャクソンの遺作となったドキュメンタリー映画『マイケル・ジャクソン THIS IS IT』(10月28日公開)のワールドプレミア(27日、米・ロサンゼルスで開催)に日本唯一のゲストとして招待を受ける。 2013年、第3回ワールド・ベースボール・クラシックにおいて日本野球機構により日本プロ野球史上初の公認サポーターとなる「WBC 侍ジャパン公認 サポーター」に就任[3]。テレビ朝日・TBSのWBC中継番組にも出演。 後輩グループ「Kis-My-Ft2」の4人(千賀健永、宮田俊哉、横尾渉、二階堂高嗣によるユニット「舞祭組」をプロデュースし、作詞・作曲・振付も手掛けた(「なかいさん」名義)。 スポーツ歴は野球とバスケットボール。ドラマ『砂の器』でピアニスト役を演じる直前の2003年に草野球で右手の中指の先を骨折。中指の先が曲がってしまう。 プロ野球・読売ジャイアンツのファンで、特に原辰徳のファンである。 1992年、『プロ野球ai』に「巨人・原辰徳や、阪神・掛布雅之に憧れた世代」をアピール。しかし3週間前に阪神ファンの機関紙『月刊タイガース』で「湘南出身なのにタイガースファンの中居です」とコメントを寄せていたことが雑誌『宝島』の投稿コーナー「VOW」に掲載される。 『月刊タイガース』200号で阪神ファンであることを公表。同編集部の功績を讃える手記が掲載された。 1995年10月8日の原の現役引退セレモニーでは花束贈呈を行った。 2009 ワールド・ベースボール・クラシックにおいて、日本代表チームの監督を務めた際の原のユニフォーム一式を本人から寄贈される。 2012年3月30日、パ・リーグ開幕戦「福岡ソフトバンクホークス×オリックス」(福岡Yahoo!JAPANドーム)の国歌斉唱と始球式を務める。SMAPがSoftBankのイメージキャラクターを務める縁で実現した。 「N.マッピー」という名義を用いて、SMAPのアルバム曲の一部の曲で作詞・作曲に携わっている。中居個人のソロ曲のほとんどがN.マッピー作である。しかし作曲をする際は、楽譜が全く読めず、楽器もできないので、自身の鼻歌を録音して、プロに譜面に起こしてもらっている。 2008年11月24日(月曜日)に、仲間由紀恵からの紹介でフジテレビ『笑っていいとも!』のテレフォンショッキングにゲストとして出演。番組レギュラー(中居は火曜日レギュラー)がテレフォンショッキングのゲストとして出演した数少ない例となった(テレフォンショッキング#現役のレギュラーがテレフォンゲスト参照)。 SMAPメンバーの中で唯一、声優の経験がなかったが、フジテレビ『FNSの日』の司会を務めた際に連動企画として2006年には『ちびまる子ちゃん』、2004年には『サザエさん』に声の出演を果たした[注 1]。 2009年を最後に『NHK紅白歌合戦』の組司会は担当していないが、これに関連して2011年1月15日放送の『中居正広のSome girl' SMAP』内で「(紅白の司会は)大いにプレッシャーを感じる仕事だった」と語っていた[4]。ORICON STYLEでは「紅白ファンの間では『歴代司会者のなかでダントツ』との評価を得ている」と紹介している[5]。 後輩である嵐が2010年の紅白で初白組司会に決まった際、12月30日のリハーサル時に報道陣から受けた取材に「ジャニーズでは僕以外、司会をやらないと思っていた」と述べている。嵐には司会のアドバイスも行った[6][7]。その後も「(ジャニーズの中で紅白の司会できるのは)嵐以外なら自分しかいない」と自負しているとされる[8]。
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