化学調味料を使わない 賢人は竹林だけにいるわけではない。市井にも思いがけない賢人がいて驚かされることがある。蕎麦屋も見よ堂々の、あるいはいかにも渋いそればかりがうまい蕎麦を供するとは限らない。立ち食いでも“めっけもの”のような蕎麦屋に出会うことがある。少なくとも私が知る限り、京橋界隈に2軒ある。 日本橋に本店を持つそばよしはその1軒で、今年5月京橋に開店した。この店の最大の特徴は日本橋の鰹節問屋の直営店であること。目の前に置かれたかき揚げ蕎麦からは、湯気とともに鰹節の出汁の香りがふわりと立ち上る。化学調味料を一切使わないというつゆは、旨味は深いがキレがあり、口中に妙な味が残らない。江戸風でやや辛目。 その日打った生麺 この自慢のつゆの出汁の取り方は、4分の3を鰹節、残りの4分の1にソーダ節とサバ節を加え、今の味を出している。老舗蕎麦屋などで化学調味料を使わないつゆを出すところはあるが、手軽な蕎麦屋、ましては立ち食い蕎麦でそんなつゆを出すのは珍しい。何しろ、もりやかけが270円という値段で、だ。 肝心の蕎麦はどうかというと、これが細めの更科風で、立ち食い蕎麦とは思えぬ本格的なもの、なかなかにいける。本店のある日本橋の3階で、その日に打った生麺を使っているという。 たどたどしい日本語 入口を入ると右手に券売機がある。奥のカウンターのおねえさんに渡すと、「オスキナトコロヘドウゾ」と声をかけながら半券を返してくれる。出来上がると「85バンノカキアゲノカタ~」と、呼んでくれるので、出向いて受け取る仕組みだ。おねえさんたちの日本語はまだたどたどしい。こみいった話は避けた方がよい。 鰹節問屋という職業つながりなのだろうか、穴子の天ぷら蕎麦440円もメニューにある。しかも、「横浜小柴の第六金亀丸の斎田芳之さんから直送の江戸前の穴子。輸入品とは違います」。本格的だ。私は穴子が得意でないからあまり食指は動かないが、好きな人なら気になるところだろう。 懐かしい猫マンマ かき揚げ蕎麦を待つ間、目の前の「おかかごはん」という文字が目に入った。曰く「本店ビル3階で鰹節を削る際に出る『粉かつお』、これをライスにかけ放題。ご飯に適量をかけ、醤油を控えめに3~4滴かける」。子供のころ田舎で飼っていた猫の食事と似ている。急いで半ライス70円の券を買い足し、“レシピ”通りにつくって見た。ひどく懐かしい味がした。 鰹節問屋の蕎麦屋がなぜ「そばよし」なのか。あまり深い意味はなさそうで、社長の山崎能孝(よしたか)さんが10年ほど前に蕎麦屋を始めるに当たり、自分の名前を1字使ったという、日本橋の旦那の洒落心のようだ。 では、本業の鰹節の会社は?という疑問が湧いてくる。湧いてこない人もあろうが、私は沸いてきた。壁に各種の荷物用段ボールがインテリアのように貼ってある。じっと見回すと、それらしきものがある。「多分これだ」と思うものが、やはりそうだった。興味のある人は蕎麦を待つ間に探してみるのも一興だろう。
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